ルピナス文庫 

「死」をあつかう本を子どもに手渡すということ

久々に。
長い長い記事です。

この本のこと。
取り上げることすら気が進みませんでしたが。
生協でも「ベストセラー」と注文カタログに載り、書店でも目立つ位置に平積みされている本です。
続編も、出ているとか。

Amazonで、レビュー数430(2016年10月末時点)。
『ハリーポッターと賢者の石』 でも、 230 です。
絵本で430。
その話題性は凄まじいものがあります。
星5つが269。
星1つが92。
こんなに評価が分かれるのも珍しい…というか、ある種の珍事件。

『ママがおばけになっちゃった』  のぶみ作 講談社

リンク、バナーは貼りません。
はっきり申し上げて 嫌い です。
この本の存在を知ったのが、2016年の春。
ずっと、「絵本の会」以外では黙っておりました。
直接、面と向かって言えるのでなければ作者を悪く言うべきではないですし。
基本的には、大人が自分で考えるべきことでもあると思ったからです。
基本的には、今も、そう思っています。
でも、家庭文庫の館主として黙っていてはいけないのだと、今日改めて感じる出来事がありましたのでパソコンに向かっています。

この本で、「泣ける」とおっしゃる方がいらっしゃいますが。
初めて読んだとき。
嫌悪感と激しい怒りしか感じませんでした。
同時に、それがベストセラーで爆発的に売れていてAmazonレビュー欄でも珍事件になっていると知り
ひどく不安を覚えました。
一体、人の感性は、母たちは、どうなってしまっているのか……と。

はっきり申し上げます。
あれで出る涙は安っぽい「自己愛」「自己憐憫」以外の何物でもありません。
「涙を誘えば売れる」
最近の安っぽいドラマ、映画、本にありがちな卑しさ。
この本は特に露骨すぎて、吐き気を感じます。
「母に感謝するようになるはず」
子どもみたいなこと、言ってはいけません。
母になった以上、その覚悟と責任を身に付けてください。
この本で泣けてしまった方々。
その方々が安っぽいわけではないのですが。
ただ、おそらくきっと、苦しんでいらっしゃる方々なのです。
どうか、悩みを真にわかちあえる生身の友に、
真剣に叱ってくれる師に、出会えますように。

母が死ぬ。
それが、子どもにとって、どれほどの…どれほどの ことなのか……。
幼い子を残して死ぬ。
それが、母にとって、どれほどの…どれほどの ことなのか。
私が のぶみ さんの母であったなら、間違いなく平手打ちをくらわしています。
泣いて泣いて、胸ぐらをつかんで、本気で、叱ります。
一体。
のぶみ さんの周りには そういう大人がいなかったのでしょうか……。
講談社さん。
編集者、出版社とは、いったい、何なのですか……。

大人とは、次の世代に何かを手渡す存在になること そう常々感じています。
何を
いつ
どうやって
手渡すのか
あるいは
あえて
手渡さずにおくのか。

次の世代に 何を手渡すのか。
世の中の全ての大人に、もっと真剣に 考えていただきたい。
 
子どもの本と「死」に関して言うなら。
私は、10歳までの子どもに「死」をあつかう本を「わざわざ」与えるべきではないと思っています。
もし…(そんな必要性があるのか疑問ですが)…手渡すなら
子どもの動揺をカバーする覚悟を持って、手渡して頂きたい。
不安がる子どもを実際に抱き締め、落ち着かせ、この世界の素晴らしさを伝えてあげることのできる大人が。
ですが、それが出来るタイプの方々は皆さん、きっとおっしゃることでしょう。
「わざわざ本の形にして、怖がる子どもに言葉で教えることではないのだ」 と。

4人目の子どもが、今年9歳になりました。
一番、「死」が気になって、こわくてこわくて。
中でも おかあさん が死ぬことがこわくて仕方ない年齢です。
小学生の頃、母が死ぬことを想像しただけで怖くなって悲しくなって涙が止まらなくなる。
私も、そういう時期がありました。
そして我が子達も、みんな、その時期がありました。
夜中泣きながら「死なないで」と、抱きついてくる……。

強がって見せる子たちが、やたら「死」に近づこうとするのも、それが怖くて気になることだからです。
ベクトルの向きが間違ってしまい、一線を越え、 「殺」 に結びついてしまうことも、あるのでしょう。
気の毒な子ども達です。
本当は怖くて仕方なかったその時期に、抱きしめて 落ち着かせてもらえなかったのでしょう。
この世は生きるに値する素晴らしい場所だと
全ての生き物にとって そう なのだと 

「死」への恐怖と対峙するのに必要なのは知識ではありません。
生きることは楽しいことだと、素晴らしいことだと、命のぬくもりの中で実感することなのです。


子どもにとって「死」とは本来強烈な恐怖の対象です。
軽々しく扱ってよい題材ではありません。

今日、パソコンに向き合うことになったきっかけは先週の「絵本の会」で話題になった1冊の本でした。
『ママがおばけ~』の比較対象として取り上げられた1冊で
『おかあさんどこいったの?』という本。
慌ててクリックしないでくださいませね。
結論から申しますと、文庫には置きません。
たしかに『ママがおばけ~』と比較するのも申し訳ないくらい本当の姿が描かれています。
子どもの苦しみ。悲しみ。それを乗り越えるということ。
涙が出ました。
と、同時に、死を乗り越えるために必要な「時間」と「ぬくもり」が描かれている頁をゆっくり眺めながら
「そう、だからこそ、文庫には置けない。責任が取れないのに置くべきではないだろうな…」
そう、思ったのです。
きっと、読み終えた子はお母さんの死を余計に怖がるに違いなく…その時に絶対に大人に抱きしめてあげてもらいたいわけなのだけど…そんな説明をしてまで、やはり「わざわざ」怖がらせることでは無いな…、と。
そう、思って本を閉じたときです。
早朝とはいえ私も迂闊でしたが、末娘が起きてきて
「それ、新しい本? 読みたい!」 と。
最初 「いや、これは……」と、引っ込めたのですが。
それでも食いついてくる次女の目を見つめながら、覚悟を決めて渡しました。
結果。
読み終えてパタンと本を閉じ
「短いお話し。つなんないの。もう1冊届いてるほう、読ませて」
と。
で、それからしばらくして

「おかあさん、ぎゅってして」

しばらく…5分くらい。
ぎゅっと、抱きしめました。
それから二人で しばらくの間、じっと、見つめあいました。
「おかあさん、何か、読んで」
「何がいい?」
「『ラモーナ』がいい。」
「『ラモーナ』、いろいろあるけど、どれがいい?」
IMG_20161030_160204.jpg
「『ラモーナとおかあさん』がいい」
「いいよ。」

……ところが。写真にありますように、なんとなんとの貸し出し中。
文庫の看板出して9年目。
初めて心底、貸し出し中で手元に無いことにガッカリしました。

「……貸し出し中……だね」
「じゃぁね……、『ラモーナ8歳になる』がいい」
「どの章がいい? 何度も読んでるよね? 好きなところ、読んであげるけど?」
「うーん。最初からかなぁ」

しばらく…1時間くらい…ラモーナを読みました。
「ありがと。続きはあとでまた読むからいいよ」
「そ…?」

色んな事を考えました。
ウチの子は、幸せな方かもしれません。
私だけでなく、『ラモーナ』の作者ベバリィ・クレアリーさん、そして細部まで丁寧に言葉を選んで翻訳してくださった松岡享子さんにも、間接的に抱きしめてもらえたのですから…。
幸いなことに、本の中にも自分の心を抱きしめてくれる人物がいることを 3年生にして感じ取っているのです。


やはり、覚悟なしに置いていい本では無い。
私は、文庫には置かないと、決めました。


ちょうど10月27日の朝日小学生新聞に、ぴったりの記事が載っていました。
2面、『国語の教科書に登場する作家』生命誌研究者の中村桂子さんの特集記事です。
―――死については、どう考えるといいでしょう?―――
という記者さんへの問いに、中村桂子さんは
「大人の言葉で死を教わるのではなく、子どもが小さな命を見つめ、自分の考えをつないでいってほしい」
と、おっしゃっています。
本当に、その通りだと思います。


子どもに何をどう手渡していくかということを考えるときに
とても大切な視点です。
大切なことほど、自分で考えて欲しい。感じて欲しい。

手渡さない、ということも大切な選択肢です。

わざわざ「死」についての本を10歳くらいまでの子どもに手渡す必要は、無いのです。


「戦争」の本も、一緒です。
子どもが、そのことをじっくり自ら考えたくなるまで待つべき内容のことです。
「死」の恐怖とも対峙できない子どもに「戦争」と向き合わせることは、危ういものがあります。
いたずらに恐怖をかきたてれば憎悪が増し、理解から遠のいてしまいます。


何を手渡していくべきか。
もっと真剣に、考えてみませんか。
そしてもっと、子ども達自身が持つ力を信じて 待ってあげませんか。



今日は少し、感情的な記事になってしまいましたが。
皆さんと 色々なことを考えていけたらよいなと思います。

「絵本の会」では、子どもに何を手渡すか、ということも含めて 真剣に語らうことが出来ます。
ぜひ一度、ご参加くださいませね。

※政治的宗教的な勧誘、活動は一切ございませんのでご安心を。
 また、会員の方による文庫内での一切の政治的宗教的活動も禁止させていただいておりますので、よろしくお願いいたします。



~~~ちょっと大切な補足~~~
Amazonのレビューを読んでいて、見過ごせないレビューがありましたので、少し。
どうも…例の本に対しての批判を読み「子どもに与える『死』について、そんなにとやかく言うなら昔話はどうなんだ。あんなに人が殺されるのに」 というようなレビューがございました。
すっかり、私の中では当たり前になりすぎていたようですが、そもそも良質の昔話であれば「死」にスポットライトが当たることはありません。 それどころか確かに「死」は欠かせない要素です。
この世は残酷でもあります。
そしてそんなことは、誰に教わらずとも相当早いうちから子ども達も気付くことです。
対峙する用意の無い子どもに赤裸々に描写して手渡すことに私は反対ですが
やみくもに排除して与えないようにする動きにも反対です。
死 に限らず 嫉妬 ねたみ 復讐 といった、決して、この世からなくなることはないであろう人の闇
自然な姿で さりげなく。
そういうことも、あるのだと。
かつ、それでいてなお、生きるに値するのだということが 感覚的にわかるように。
昔話ほど巧みに、そのことを、幼い子どもにも楽しませながら伝えることができる形は そうそうありません。
昔話の中で母を失う子は山のように登場しますが、良質な昔話において、母を失った際の心情が事細かに描写されることはありません。
※そのような「いらない」描写が多すぎる昔話もどきの創作が「昔話」として売られていることもありますので、注意が必要です。

こちらの言葉をお借りするなら
昔話には、大人の目に恐い話と映るものもありますが、そんなふうに受けとめる人たちは、子どもにあるようなバランス感覚が欠けているのでしょう。子どもたちは、恐怖の向こうに道徳的な力と力の闘いを見ているのです。何世代もにわたる人々の知恵によって伝えられてきた生命の感覚をつかむこと、それが子ども時代にだれもが受け継いでいく伝統です

ルピナス文庫でも、良質の昔話が好まれて読まれる年代は 3歳~12歳くらいまで。
ちょうど、自他の感覚がはっきりして外界に深く興味を示すようになった頃から、自分の言葉でしっかりと物事を考えることができるようになる前までの子ども達です。(ひと昔前までは10歳、と思いましたが今は13歳くらいまで…と感じます。)
まだ感覚的な世界に生きている子ども達に、さりげなく生命の感覚を ことばで大人の口から子どもの耳へと伝えることができるのが昔話です。

さらりと闇を見せた後、その先の希望を、光を、楽しませてあげる。
未来を信じる力を 楽しみと喜びのうちに身に付けさせてあげることができる形式。
それが昔話です。
良質の昔話には、「死」が欠かせません。


~補足 その2~

先日の『情熱大陸』での、のぶみさんの特集を見ました。
その上で、さらに色々と思うところもあり改めてAmazonのレビューにも11月17日に投稿しております。
星1つ のレビューにございます。
長文ですので、お時間のございますときにお目通しいただけましたら幸いです。

レビュー内容にご賛同頂けましたら、レビュー最後の
「このレビューは参考になりましたか?」 の「はい」にチェックを入れて頂けますと、購入を迷っていらっしゃる方の参考にして頂ける可能性が高まりますので、よろしくお願いいたします。

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「すばらしいとき」「センス・オブ・ワンダー」「THE IMPORTANT BOOK」(「たいせつなこと」)

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今日は、2010年4月の特集で昨日写真を載せた本の中でも、
センス・オブ・ワンダーセンス・オブ・ワンダー
(1996/07)
レイチェル・L. カーソン

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の隣に置いて ともに味わいたいと思える素晴らしい2冊を ご紹介してみたいと思います。

まずは 
すばらしいとき (世界傑作絵本シリーズ・アメリカの絵本)すばらしいとき (世界傑作絵本シリーズ・アメリカの絵本)
(2006/03/01)
ロバート・マックロスキーわたなべ しげお

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(表紙はページトップの写真でご確認ください♪)

この本は原題を Time of Wonder といいます。
その原題からも伺えるように、『センス・オブ・ワンダー』の前身である記事で、ウーマンズ・ホーム・コンパニオンという雑誌に掲載されたレイチェル・カーソンの「Help Your Child to Wonder」という記事に影響を受けて作られたそうです。
(→参考にした書評はこちら
きっと そうに違いない、そうなのだろう と思える絵本です。
実際 『すばらしいとき』の舞台はメイン州の入江で、『センス・オブ・ワンダー』の中でレイチェル・カーソンとロジャーが過ごし、探検をしているのも 同じメイン州だそうです。
出版社からの内容紹介として、
島でのひと夏の生活を、詩情豊かにうたいあげた絵本。
ひとたび本を開けば、早春から夏の終わりの季節のうつりかわり、雨のにおい、風の音や、輝くような日の光を、
まるでその場にいるかのような実感をもって、感じることができます。マックロスキーの自然への愛情と、
娘たちの成長を見守る父親のあたたかなまなざしが、のびやかな水彩画と詩情あふれる言葉で見事に表現されています。
あわただしく生活している子どもたちに、豊かに流れる時間を取り戻してくれる貴重な1冊となりますように。

とありますが、
私自身は この本に本当に深い感動を覚えるのは、思春期以降の子供・大人達なのだと思っています。
私は この本に出会ってから 年に数回、ゆっくりとページをめくるのですが、
年々、胸の内の感動が深く、強くなります。
実際の経験と この本とが 互いに呼応しながら感動を深めていってくれるようです。
初夏の海辺で、夏の海辺で、
海を離れ自宅でテレビを見ている時ですら、
ふっと この本を思い出す時があるのです。
逆に この本を眺めながら その年の思い出、旅先の景色を思い出すことも。

言葉と絵とで、隅々にまで描かれたマックロスキーの
センス・オブ・ワンダー
タイム・オブ・ワンダー
大地への、生命への、子供たちへの愛。

同じマックロスキーの
海べのあさ (大型絵本)海べのあさ (大型絵本)
(1978/07)
ロバート マックロスキー

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かもさんおとおり (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)かもさんおとおり (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
(1965/05/01)
ロバート・マックロスキー

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サリーのこけももつみ (大型絵本)サリーのこけももつみ (大型絵本)
(1986/05)
ロバート・マックロスキー

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を読んでいるときにも、同じような愛を感じます。
『サリーとコケモモつみ』『かもさんおとおり』
などは4才くらいからの子供達に是非、と思う作品なのですが、
二色刷りだからでしょうか…なかなか、手に取ってもらえず、残念です。
(アニメ・テレビに慣れた現代の子供たちは穏やかな色合い、穏やかなストーリーに見向きもしないことがあります。でも、ほんのちょっとの手助けで子供達はあっという間に全く違った面白さ、楽しみ、喜びに気付き、自ら動くようになっていきます。派手な娯楽、情報が、子供達のセンス・オブ・ワンダーを奪っていること、考えた方がよさそうですね…。)
私は『サリーのこけももつみ』を大人になってから読みましたが
読むたびに 中学1年の夏、大雪山の上でコケモモをつまみながら歩いたことを思い出します。
そして、この本に出会ってから登っていたら、
もっと もっと もっと
楽しかっただろうなぁ…と、思うのです。

マックロスキーのセンス・オブ・ワンダー、愛情は
やわらかな子供達の感性にこそ、まっすぐに届くはずです。
子供たちが選んだ本を尊重してほしい、というルピナス文庫の願いと相反するようではありますが、
お母様セレクトで持ち帰ってでも、是非味わってほしい…
そう願っている本達でもあります…。

どうぞお手にとって ご覧になってみてください。

そして もう一冊が こちら。
The Important BookThe Important Book
(1990/03/10)
Margaret Wise Brown

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私は日本語版よりも原書の方が words と pictures に込められた深い想い、メッセージがしっかりと伝わるように思います。
マーガレット・ワイズ・ブラウンとレナード・ワイスガードからの
センス・オブ・ワンダーと子どもたちへの愛がたっぷりつまった
贈り物のような一冊です。
たいせつなのは 知識や情報よりも 心に感じること
そう、両者の美しい言葉と絵とがうたっているようです。
コオロギ グラス スプーン
ひなぎく 雨 くさ 雪 りんご……
マーガレット・ワイズ・ブラウンが どのようなセンス・オブ・ワンダーで それらを見つめているのか
どれほど美しく 簡潔な言葉で うたっているのか
そして その言葉を
レナード・ワイスガードが どれほど美しく 詩的に描いているのか……

私はこの本の マーガレット・ワイズ・ブラウンの words と レナード・ワイスガードの絵を眺めるたびに
二人に 私が生きていることを喜び、抱きしめてもらっているように感じます。
当たり前のように感じていた世界が より身近に、美しく迫ってくるように 感じます。

是非、ご覧になってみてください。(単語、文法共に中学校レベルです)

子ども達だけでなく 大人をも
レイチェル・カーソンが言うところの
生きていることへの新たなよろこびへと通ずる小道
へと 誘ってくれる絵本達です…。


センス・オブ・ワンダーの塊で生まれてくる子ども達と
より豊かな時間を過ごしていけますように…。



THE IMPORTANT BOOK の 日本語版に関する問題点が気になる方は
こちらも どうぞ……長いです・苦笑
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「懐かしい」絵本・本が、宝物のように素敵な絵本・本でありますように。

学生結婚をして、卒業後すぐに子供にも恵まれ(年齢がバレそうですね)
良くも悪くも 世間知らずなまま、母親となりました。
海を越えた(津軽海峡ですが・笑)初めての土地、初めての子育て、初めてづくしで不安でした。
二人きりの時間、子供が愛しくてたまらないのに、不安で不安で泣いてばかりの日も。

そんな中、2人で寄り添って絵本を楽しむ時間は、穏やかで、幸せで、欠かせない時間でした。
最初の頃に買っていたのは、「懐かしい」絵本。
子供の頃に読んでもらった本とか、読んでもらった記憶のある名作ダイジェスト絵本とか。
よほどの本好き、もしくは子供と関わる仕事をなさっている方を除けば
「懐かしい」絵本に惹かれ、手に取るのではないかと思います。
息子にせがまれて購入したアンパンマンの絵本。
私も小さい頃、母に買ってもらったので、これも「懐かしく」、購入する事に抵抗はありませんでした。

じきに2人目の息子にも恵まれ、親子3人で毎週のように図書館に通うようになりました。
膨大な冊数を前に、むさぼるように読み進めながら、時折出会う宝のような本。
宝物を見つけた時の喜び。宝物のリストを見つけた時の喜び。
ほんの10年前のことですが、その時の喜びは忘れられません。
こんな本があったなんて、こんな本があるなんて!という嬉しい驚き。
そして、リストを見つけた時から、
宝物ばかり詰まったような本棚を、家庭文庫を作りたいと、思うようになりました。
コツコツと、学生の頃の貯金を全て使い、化粧品をケチり(笑)、宝物を集めてきました。

ある程度集まった時、思い切って、宝物とは言えないなぁ…、という絵本を処分してしまいました。
彼が2歳になるまでに購入した本の多くが、文庫には置かれていません。
色んな思い出がたくさん詰まっていましたし、
食わず嫌いが激しく白い食べ物しか口にしようとしない彼に
野菜や果物を食べさせてくれたのも、アンパンマンでした。
アンパンマンにも、随分、助けてもらったのです。
なので本当に、私には今も捨ててしまった本の価値を全て否定してしまう事はできません。
「子どもと本」(子ども文庫の会)では酷くけなされてしまう本達がありますが、
本によっては、懐かしさや想い出の方が強くて、反発したくなる事もありますし、
事実、「それは違う」と、抗議の手紙を送ったこともあります。
そんな、けなされてしまう本達の全てに、全く価値がないとは思えないのです。
どんな本であれ、親子で楽しみ、温かい時間を過ごせれば、笑顔につながれば
充分なのでは、という思いもあります。

でも、だからこそ、でしょうか…。
子どもの頃の思い出、母との思い出、
もしくは子育ての思い出、子供との思い出、を作る素敵な架け橋となるからこそ、
どんな本を親子で読むか、子供の頃に読むかって、
やはり とても大切にしたい事に思います。
手渡すものには とことん こだわってみたい、と思います。

ところが、です。
ここからは最近の話。
宝物ばかりの本棚にしたいと願いながらも、
これは、どうかなぁ…そんな本が少し、今も残っていたのです。
息子たちも気に入っていたし、捨てられたくないだろうなぁ、なんて思いもあって。

それが なんと先日、もうじき12歳になる長男に
「ねぇ、なんで『おさるのジョージ』シリーズ置いてるの?ぼくは『ひとまねこざる』シリーズの方が話も面白くて好きだし、『おさるのジョージ』シリーズはマーガレット・レイさんが書いたわけじゃないじゃん。
キャラクターばっかり目立ってるよ。やめたら?」
と、言われてしまったのです。
私、目が点でした。
子どもの本 ひとまねこざる 全6冊セット 新版子どもの本 ひとまねこざる 全6冊セット 新版
(1998/08)
不明

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(違いについて関心のある方、関連記事をクリックしてみてください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%AD%E3%81%93%E3%81%96%E3%82%8B

たしかに、『おさるのジョージ』シリーズには私も疑問を感じていたものの、
我が息子たちも実際好きでしたし、文庫に入りたての子供たちにも人気があるので
「え~? だって、大好きだったじゃない?とりわけチョコレート工場の話とか」と聞くと
「あれは、チョコが好きだったんだよ。それにね、アンパンマンと一緒で、おんなじキャラクターに安心するっていうのかな、うまく言えないけど。それだけ。『おさるのジョージ』シリーズのジョージのいたずらは、飽きるんだよね。中身が浅いっていうかさぁ。『ひとまねこざる』シリーズの話は今も好きだよ」
と、言うのです。
「そっかぁ、いつも迷ってたんだけどね…」と言うと
「迷ってたなら、やめなよ。宝物を手渡したいんでしょ?じゃあ、そうしてよ。」と、叱られました。

脱帽。。。あれ、やられたかも。
そんなわけで、近々本棚を改めて見直す予定。

そうでした。目指すは宝物ばかりの本棚です。
もちろん、人それぞれ何を宝と思うかは別なのですが、
少なくとも、中途半端な「ひとまね」で作られたような本は、確かに宝ではありませんね。
「懐かしさ」に私の方が引きずられておりました。

喉から手が出るほど欲しい宝物が まだまだ沢山。
まずは それらを少しずつ揃えていかねば。
宝物のような本を探し、増やしていくためにも、日々私も勉強中です。
学ぶことがこんなに楽しいなんて、学生の頃に思えていなかったのが残念です。
愛する喜び、学ぶ喜び、生きる喜びが子供達にも伝わってゆきますように…。

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愛するということ

絵本・本を選ぶ時に限らず、迷った時には
どちらに愛がこもっているかで決めることが多いのですが、
そもそも、愛って、なんでしょう…。

「愛とは、愛する者の生命と成長とを積極的に気にかけることである。」
「配慮と、尊敬と、責任と、知によって。」
愛するということ愛するということ
(1991/03)
鈴木 晶Erich Fromm

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「生きているあいだ、さまざまな人と出会い、たがいにこころの歓びをわかち合い、しかもあとから来る者にこれを伝えていくようにできている、このことこそ真の「愛」というもの」
こころの旅 (神谷美恵子コレクション)こころの旅 (神谷美恵子コレクション)
(2005/01)
神谷 美恵子

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どちらも私が大学生になった頃から大切にしている本です。
大人への入り口に立った私を、愛についての甘美な、偽りの幻想から解き放ち、
生きるという事、これから歩んでいく道についての力強い方向性を与えてくれた本です。
私が上記の本のように夫を、子供を、大切な人たちを、ちゃんと愛せているかというと、
自信がなく、時に何処かで見返りを求めている自分に気付きます。
それでも、
「何故学ぶのか」という問いに、自信を持って
「もっと深く愛するため」
と、答えられるようになりました。
愛したいから、学び、学べる喜び。
生きるって、やっぱり素敵な事だと思えるようになりました。

同じく学生の頃に出会った本で、優しさ(愛)について、生きることについて、小学6年生にもわかる言葉で伝えてくれている本だと思うのがこちらです。
対訳 21世紀に生きる君たちへ対訳 21世紀に生きる君たちへ
(1999/10)
司馬 遼太郎

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そして、絵本・児童書にも、さりげなく、その事を感じさせてくれる本達があることに、
子供を産んでから気づきました。
お話の内容が直接 「愛・やさしさ」 と関わっていないように見えても、上記のような確かな愛によって作られた本であれば、作り手の愛が、ちゃんと子供に伝わるように思います。
子供は大人の言う通りにに行動するのではなく、大人の行動する通りに行動するのです。
子供の頃に、こんな本に出会えていたら、恋の甘美な幻想に惑う時期は もっと少ないかも…と思います。
なにより私が、出会いたかった、出会う事を望んでいたのに…、と思います。
子供達は貪欲に、知りたがっています。
これは何? 愛するって何? 生きるって、何? と。
いずれ改めて書くかもしれませんが、私は13歳から16歳位にかけて、少女マンガばかり読んでました。きっかけは、入学した新設中学の図書室には辞典しか置いていなかったこと。図書館が遠かったこと。等等。マンガにも、随分はまりました。今も心に残っているような素敵なマンガもありました。でも、もっと素敵な、心に深く響く、世界観が楽しく、美しく変わってしまうような素晴らしい絵本、児童書があること、当時は知らなかったのです。大人になってから出会った時には本当に残念でした。そんな本は大人が読んでも十分に楽しめるのですが、やはり、子供の頃に、青春時代に出会いたかったと、残念です。
今の子はマンガばかりだとか、マンガを読む子は本を読まないなんて、ウソだと思います。私も我が息子たちも、マンガも読みますが、本が大好きです。要は、本物の本を、子供と本気で向き合ってくれる本物の本を、身近な所に、大人がしっかり用意してあげているかどうかです。子供達は貪欲に、知りたがっているのです。

子供向けの物に限らず、テレビドラマも含めて、愛や優しさに関する甘くはかなげな偽りの品、情報が氾濫しているように思いますが、本物の優しさ(愛)は、強さと正しさと優しさとが三位一体となった力強いものであり、決して、桃色のベールは かぶっていないはず。
大人の責任から目をそらさず、愛を込め、魂を込め、次世代の子供達に、本物を手渡していきましょう。

絵本・本も、改めて見直してみてください。
そこに描かれている愛から、優しさから、桃色の甘い香りしか感じられないなら、
それは本物ではないのかも。

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